美人白書

Vol.31 中川正子


Mar 25th, 2015

photo_nahoko morimoto
hair&make_hiroko takashiro
text_noriko oba
edit_rhino inc.

愛おしい日常のひとコマを、美しい光とともに切り取る写真家、中川正子さん。写真との楽しい出合いから、「ついに自分にバレてしまった」という目を背けていたこと、そこから生まれた習慣…etc.彼女の眼が見ていること、感じていることを教えてもらいました。

澄んだ輝きを放ち、撮る。
中川正子さんの美の秘訣

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カリフォルニア式の褒め言葉のシャワー

――中川さんがフォトグラファーになろうと思ったきっかけを教えてください。

大学在学中に、千葉県船橋市の交換留学生としてカリフォルニアの大学に行ったのですが、そこでフォトグラフィの授業を専攻したことが始まりです。といっても特に、写真家になりたいと思っていたわけではなかったのですが、出発の直前にオリンパスの一眼レフのカメラをオークションで買ったんですね。カメラ好きのおじさんから。せっかくカメラを手にいれたのだから「じゃあフォトグラフィの授業を取ろう」とクラスに入ることにして。

――またどうしてカメラを買ったのですか?

単に後ろをぼかした写真が撮りたかったんです。それまで使っていた“写ルンです”ではできなかったので(笑)。

――あ、なるほど。

その1年で一気に夢中になりました。写真を撮ること、現像すること、それをクラスメイトに見せること、すべてが新鮮でした。英語が思うようにしゃべれなかったので、クラスメイトからも「あの寡黙な東洋人は大丈夫なのか」と、心配されていましたが、彼らはいいと思った写真に対しては、カリフォルニア式で褒めまくってくれるんですよ。「僕の人生のなかでいちばんの写真だよ!」「なんて素晴らしいんだ!」と(笑)。なかには、「MASAKOは今すごくロンリネスを感じててそれを写真のこの部分に出したんだね」とか、深読みしすぎというような解釈もあったりして。

――想像ができました。

撮るだけじゃなく、撮ったものからいろいろな反応が返ってきて、そこからコミュニケーションが生まれることが楽しくて。当時の写真が、彼らがあんなに褒めてくれるほどのものだったかはわかりませんが、誰よりも本気だったとは思います。知っている人もいない、言葉も充分ではない環境で、初心者的熱狂にひたり、ひたすら撮り続ける毎日でした。

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出会いはいつも“今の自分”を反映する

――そして、フォトグラファーになろうという決意をもって帰国するのですね。

はい。でも実際は、通っている大学は英文科でしたし、どこに行けばなれるのかもわからないままアルバイトをしていました、キャンギャルの。そこで知り合った人たちにも「私、今は写真と関係ないバイトしていますけど、本当はフォトグラファーになるんですよ!」とか訴えてて、今考えると相当恥ずかしいのですが。

でも、ある日そんなに写真を撮りたいなら、と現場にいた広告代理店の方が雑誌の編集部を紹介してくれたんです。そこからさらに、今の事務所の社長であり、私の写真の師匠の山路和徳氏を紹介していただき…。彼のアシスタントになることから、道が開けていきました。

――写真と関係のないアルバイトから師匠にまでたどり着いてしまうなんて、びっくりです。

はい。でもこういうことって私にだけ起きているわけではなくて、誰にでもあるのだと思います。ただ、私の場合は、男女問わず「この出会いは大切だ」と感じたら、人一倍興奮して思いを伝えずにはいられないので…。

――今日のヘアメイクさんとも久しぶりに再会したと聞きました。

そうなんです。初めて彼女にお会いしたときにその雰囲気や何もかもが「好きすぎる!」と思って(笑)、お友達になりたい、できれば一緒にお仕事がしたい、と思い当時臨月だった彼女が落ち着くときを待って、今日ご一緒することができました。

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――出会うだけじゃなく、形になっていくのがすごいです。

これまでも思いがけないところで、縁のある出会いがたくさんありましたが、人との出会いは、いつでもどんな場所にいても、自分の“今の状態”を反映する人しか現れないことを経験上実感しています。だからこそ、自分を整えておくってすごく大切。そうすれば、今の自分の“身の丈に合ったいいこと”は、すべて起きると思っています。

――身の丈に合ったいいことが全部!ですか?

はい。叶えるためには身の丈に合った決断とか、自分への宣言も必要だと思いますが、“ピン”とくる願いは叶うはずです。たとえば、私が「来月アムステルダムで個展を開く!」と自分に宣言したところで、こどもが小さい今はまだ時期が違うとどこかで思うので、自分で言っていても全然ピンときません。でも、「来月は、ムービーの撮影をする」という願いだと、一度も仕事でムービーを撮ったことがないにも関わらず、リアルに想像ができるんですよね。そうすると、実際に叶うんです。

ムービーの話は、先日本当に体験したことです。仕事の依頼がくる前からなんとなく「仕事でムービーを撮ってみたいなぁ」という想いはほわんとあったのですが、あるとき「今だ、今やろう」とピンと思ったタイミングがあって、そう決意したらお仕事のお話もいただけたんです。決まってしまえば、自分が言ったことに実力を近づけるしかないので、週3日くらいアシスタントの子と公園で星飛雄馬ばりの猛特訓をして、この間、無事に撮影を終えました。

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カットソー(5月入荷予定)パンツベルト/NEWYORKER BLUE その他/私物

自分のなかにあった後ろめたさの正体

――お子さんの表情とか緑や花のふとした美しさを撮っている中川さんのInstagramも人気です。カメラはいつも持ち歩いているのですか。

はい。このカメラは、だいたい首から下げていますね。

――常にですか? とても重たそうなのですが…!

そうですね、でももうこの重みがないと落ち着かない感じですよ。前は、もっと小さいカメラだったのですが、そのカメラで名作を撮ってしまったときの勿体なさが尋常じゃなくて(笑)。だったら、いちばんいいのを持ち歩こうと。

――その習慣はいつごろからですか?

子供が生まれてからです。4年前に出産して、思うように作品撮りができない時期に「カメラを常に近くに置いて、1日1枚でも撮ろう」と決めたんです。このときは、出産、震災後の引っ越し、仕事のスローダウンといろいろなことが重なって、写真との距離ももう一度つくり直そうと改めて考えた時期です。

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――何か考えに変化があったのですか。

仕事をゆっくりとしたペースにして思ったのは「今まで毎日、膨大な量の写真を撮っていて、すごく能動的にやっている気でいたけれど、実は“受け身”だったのではないか」ということ。被写体も撮る場所も決めてもらって、自分はプロジェクトの一員なのに、フォトグラファーの名前は大きく扱っていただけるので、“やった気”になっていたんです。

もちろん、職人肌の方ならそのスタンスでいい。でも、私の場合は職人としての仕事のほかに、作家としてもやっていきたいという気持ちがあったのに、そこには気づかないフリをしていました。毎日写真を撮っているのに、作家として活動している写真家の方に会うと、なぜか後ろめたい気持ちが残るんです。でも当時は忙しさを理由にその気持ちにフタをしていて、いざ仕事の忙しさがポカンと空いたときに、あぁこれか、と後ろめたさの原因がわかってしまったというか。

――フタを自ら開けるんですね…。

忙しいことをちょっとかっこいいと思ってしまったり、そこで変なプライドも育ってしまったり、自分がやりたいことに目を背けていたことが、ついに自分にバレてしまった。見たくなかったことに向き合うのは、正直しんどかったですが、これは生まれ変わる機会だと考えて、1日1枚必ず撮る習慣もそこから生まれました。

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毎日をゼロにしない

――今日は撮りたくないと思う日はないのですか?

ありますよ。もう疲れきってるときなんかは特に。そんなときは「何でもいいから、とりあえず1枚撮ってごらん」と自分に言い、でもその1枚から感覚が戻ってくるんです。よく勉強でも仕事でもやる気が起きないときは無理にでも笑顔をつくると、モチベーションがあがるっていう、脳をだます?話あるじゃないですか。あれと似ているのかもしれません。とにかく、毎日を“ゼロにしない”ことが大事だと思っています。

――出産を機に仕事への向き合い方にも変化があって、拠点も岡山に移されて、まさに転機ですね。

その時期は、本当にいろいろと重なっていました。出産、育児という未知なる世界を知り、岡山という新天地で新しく出会った人たちにも恵まれて。東京の暮らしを捨てて、ゼロから岡山で仕事をつくりあげる彼らの姿に触発された部分もあったと思いますが、私もふいにある決意をしました。

今でもそのとき目にしていた光景や自分の気持ちをはっきりと覚えていますが、マンションのベランダで近くの山を見ながら洗濯ものを干しているときに突然、「写真集を出そう」と思ったんです。岡山に引っ越して3か月目のときです。

――洗濯ものを干しながら?

はい。思ったというか、わかった、と言ったほうがいいかもしれません。「写真集を出す」とはっきりわかった。変ですよね、こんな言い方(笑)。でも、あの感覚はそうとしか言いようがないんです。で、思い立ったら即行動で、自費出版で出すことにしました。それまで自費出版って、自己満足みたいなイメージがあったのですが、震災後の世界、出産後の世界を写したいと、撮りたいもの、出したいものが、こんなにもはっきりとしているなら、これから出版社の人たちに会って、認めてもらって、と誰かの承認を得なくても、自分で出してしまおうと考えたんです。

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――自分で制作費や印刷代、など全部出したのですか?

出産前、東京でたくさんの撮影をがむしゃらにしていて、自分としてどこか納得いかない部分を整理するひまもなかったころ、いただいたお金をやたらと貯金していたんですね。「いつか、何かあったらこれを使おう」と思って。その「何かあったら」が今なんじゃないかと思ったんです。震災があって、出産があって、引っ越しがあって、仕事がスローダウンして、と今に勝る“何か”なんてない、と定期預金を解約したときの開放感といったら!すごかったです。

――そして晴れて出版。

タイトルは「新世界」。東京でも展覧会を行ったのですが、そこには被災地からも見に来てくださった方もいて、なんと感謝を表していいかわからないくらいでした。ありがたいことに書店に並ぶ前に刷っていた本がほぼ完売し、あわてて増刷をかけるといううれしい事態も起きました。

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美しいと思うのは、淀みなく、正直な人

――今は岡山と東京を行き来していらっしゃいますが、お子さんを連れての移動などは大変ではないですか。

そうですね。息子が1歳半くらいのときは、突然歩き始めた息子を追いかけ、数十キロのカメラ道具を片手に持ち、片手で手をひいて、4号車から16号車まで行って、また戻ってくる…なんてことも。泣きそうでしたが、よく考えれば、誰も私にそうしてくれと頼んだわけではなくて、夫も「働きたいなら働けばいいよ」と見守ってくれているなかで、この道を、このやり方を選んでいるのは私なんですよね。今、4歳になり、新幹線の席で絵本をおとなしく読んでいる姿を見ると「夢かな」と思うくらい(笑)成長しています。

――ファッションのお話も教えてください。中川さんは、普段はどんなスタイルが多いですか。

最近、電車や町を歩いているとき、男の人のおしゃれを目で追ってしまうんです。Tシャツの裾の出し具合やシャツの襟や丈など、男の人の絶妙なこだわりが好きで、つい観察してしまいます。観察するあまり、この1年自分の服装も男装のようになってしまって(笑)。普段のスタイルは、色も形もシンプルなものが多いです。特に白い服が好きで、いろいろなニュアンスの白い服を多くもっています。

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――中川さんにとって、美しい人ってどんな人でしょう。

うーん、正直であること。淀みがない人。このふたつかな。自分が40代になり、今後どうやって歳を重ねていくかにとても興味があるのですが、60代から先がうまく想像できないんです。なので、60代、70代の素敵な女性を見つけると尾行して声をかけるという活動を密かに行ってます(笑)。

――見つけたら声を…?

はい、もちろん、声をかけて連絡先を聞くとかではないのですが(笑)。この間も、青山でものすごい素敵なおふたりを見つけて。女性はゆるやかにパーマがかかったシルバーヘアの方で、素敵なトーンの白いトップスとパンツ、そして靴は朱色のコンバース、靴と同系色のネイル…と、観察しすぎですか(笑)。男性も本当におしゃれでかっこよくて、あまりにも素敵なふたり!と思ったので、勢いで声をかけちゃったんです。

「あの…」って見切り発車で声をかけたあと、頭が真っ白でしたが、正直に「あまりにも素敵で、声をかけちゃいました。すごく素敵です、さようなら」と、さーっとはけようとしたら、「あなたがそう言ってくれてすごくいい1日になったわ、ありがとう」って言ってくださって。あとあと、その方が友人の知り合いだったということもわかり、驚きました。

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――中川さんのセンサーすごいですね。素敵だと思うだけじゃなく、行動するのがまたすごいです。

そういう意味では、写真を撮ることで、“出会いのセンサー”を鍛えているのかもしれません。日々波はあって、視界のなかに撮りたいものが見えて見えて仕方ないときと、疲れていて、何も感じない、何も見えないというときがあるのですが、私は、流れていく時間の“何を”とどめたいんだろうと、視界に入るものを見て、考えているのかもしれません。その“何か”に出会って、“パシャンパシャン”というあのシャッターの音とともに、時間がスライスされて、保存される感覚がやはり写真の魅力なのだと思います。

――最後に。写真が誰にも身近なものになった今、もっと上手に撮りたいと思っている人に、なにかアドバイスをいただけますか。

そうですね。素敵な写真を撮りたいと思っているなら、自分にとっての“素敵”はどんなものなのかを知ることが大事だと思います。たくさんの雑誌や写真集を見て、「これは素敵だ」と思うものをストックしていく。それは少しずつ、自分のなかに染み込んでいくので、あとは撮りたいと思ったときに無心にシャッターを押すだけでいいと思います。

自分にとっての素敵とか、いいと思うものを知ることは、きっと写真に限らず、服でも、人間でもそうですよね。自分は何が好きで何が合うんだろうと日々考えていると、いざそのモノや人に出会ったときには「これだ!」とわかってしまうものだと思います。


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最後に中川正子さんから
“美しくなるためのメッセージ”

手塚治虫氏の息子の手塚眞さんが講演でおっしゃっているのを聞き、人生の分岐点で私が決断するとき、指針としている言葉です。物事を選択していくうえで、より明るいほう、美しいと思うほうを選ぶこと。そして、できるだけ壊さないほうを選びたい。言葉は読むのも書くのも好きで、少しずつ言葉の仕事もいただいているのですが、「誰に頼まれたわけでもないのにやる」という今のスタンスは忘れたくないと思っています。これは、4歳の息子が、すごい熱量と純粋さで一心に絵を描いたり、モノをつくっている姿を見ていて感じたこと。頼まれずともやる。この姿勢こそが尊いのだと思います。

今月の美人
中川正子

津田塾大学在学中にカリフォルニアに留学。写真と出合う。帰国後、山路和徳氏に師事。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とし、定期的に行う写真展には、全国から多くの人が訪れる。雑誌、広告 、CDジャケット、書籍など多ジャンルで活躍中。2010年4月に男児を出産。2011年3月に岡山に拠点を移し、現在、東京と岡山を往復する日々。出産と震災後の世界を描いた写真集「新世界」(PLANCTON)、「IMMIGRANTS」(トリトン)などがある。

Vol.32 平林奈緒美

Vol.30 柴田陽子


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