TRADITIONAL STYLE

Vol.33 重見 高好


May 13th, 2015

Photo_shota matsumoto
Text_maho honjo

さまざまな陸上体験を経て、現在、「村おこしランナー」として活躍しているアスリートがいます。彼の名は、重見高好さん。短距離走からフルマラソンまで経験した彼がこだわるのは、「勝つ」こと。そのため、ウルトラマラソン(42.195kmを超える距離のマラソン)、24時間走と、戦うステージを開拓していきます。現在所属している長野県「売木村」(うるぎむら)との出会いから、アスリートとして視野を広げる素晴らしさ、そして「走る理由」まで、そこに伴う過酷さとともに、語っていただきました。

人生もマラソンも、ステージはひとつでなくていい

―― 重見さんが、意識的に走り始めたのはいつからですか?

重見高好 中学で陸上部に入ってからです。家が厳しくて、野球とかテニスとか、部具にお金がかかるものはダメと言われて、シューズひとつで始められる陸上部に。

―― 最初から長距離が好きだったんですか?

重見高好 いや、最初は100mからスタートしました。でも全然勝てなくて200mに。それでもだめで400m。やっと戦えたのが1500m。もっと勝ちたいから3000mへ。高校では5000m、10000m、実業団で駅伝やって、フルマラソンもやったけど勝てないから、今、100kmのウルトラマラソンで戦っています。

―― どんどん走るジャンルを変えているんですね?

重見高好 やっぱり勝ちたいですから。中学時代から変わっていないのは、「負けると悔しい」という気持ち。だから走る、何回も何回も。すると、この距離で勝負していても勝てないなってわかるんですよ。

―― それって、わかるんですか?

重見高好 1回、2回じゃない、何回もやるんです。あの手この手を使って、失敗の経験を生かして、何十回、何百回と臨んでも勝てないなら、残念ですけど、そこで戦う素質はないということ。こだわりすぎて自分のステージを決めてしまうのは、単純に損。自分が勝てるステージで戦わないと、意味がないと思うんです。

―― 中学時代から、そうわかっていたんですか?

重見高好 いや、実業団を辞めてからですね。自分はそこで結果を出せなくて辞めて、でも走りたくて、走ることはやめられなくて、そのときに自分の視野を広げざるを得なかったからだと思います。

「ニートランナー」から「村おこしランナー」に

―― 実業団を辞めて、いわゆる“ニートランナー”として再スタート。そのときに合宿地として選んだのが、長野県の売木村だったんですね。

重見高好 当時、高地トレーニングの場所を探していました。でも僕みたいに辞めた人間が、実業団選手が来るような合宿地を選ぶのは気が引けました。「あいつまだやってるのか」「ばかじゃないか」なんて言われたらたまらないですから。ならば外界の雑念が入ってこない、だれも知らない山にこもって集中しようと思ったんです。

―― 売木村って、どんなところですか?

重見高好 山を含めた自然が大好きな僕にぴったりの場所でした。四方が山に囲まれていて、起伏に富んでいて、あぜ道があって、これなら存分に筋肉量を増やせるなと。温泉があって、清流もあるから、リラックスもできるし、筋肉のアイシングもできる。グラウンドはないし、クロスカントリーのコースもないけど、僕個人でやるには十分。日本人はね、完璧を求めすぎなんです。海外のランナーは、もっと過酷な環境でトレーニングをしている人もいますから。そして何より、売木村の人々が温かいんですよ。

売木村での練習風景。練習のために、毎朝5:30に起床する生活を送っている。

―― 単なる合宿先のはずが、村と相思相愛に。今や売木村に所属して、専属ランナーとして走っている。その経緯を教えてください。

重見高好 村の人の優しさに触れて、村長さんとも親しくなるにつれ、レースに出るのに「売木村」の名を背負ってPRしてくれと言われたのがきっかけです。僕は今、村役場の臨時職員ですが、メインの仕事は「走って村をPRする」こと。結果を出すことで村の名を広めて、全国のランナーを村に呼び込んで、過疎の村を活性化させようとしています。「村おこしランナー」ですね。

―― 「村おこしランナー」なんて、聞いたことがないです。

重見高好 ですよね。でも考えてこうなったわけじゃなくて、たまたまです。実業団で贅沢三昧していたころには考えられなかった。でも、走りたいなら、やり方なんていろいろあるんですよね。高校駅伝→大学駅伝→実業団という今までのスタイルに乗らなくても、プロランナーもいれば、公務員ランナーもいるし、僕みたいな村おこしランナーがいたっていい。企業スポーツが時代的に厳しい今、どんどん視野を広げて切り口も広げていかないと。

―― なるほど。ではもう一度、ここで売木村のPRを。

重見高好 売木村のすばらしいところは、「何もない」ところです。コンビニもありません。その分、都会の人がゆっくりと体を休める環境がそろっています。風のそよぐ音や清流の音、小動物の鳴き声に耳をすませてみるのはいかがでしょうか。あ、でも最近、僕の家に小動物が住み始めたみたいで、実はちょっとびびってるんですよ。お札貼ってみたんですけど、効果はないですね(笑)。

24時間走り続ける、死と隣り合わせのレース

―― たくさんの過酷なレースを経験されていますが、いちばん記憶に残っているレースについて教えてください。

重見高好 2013年11月に行われた「神宮外苑24時間チャレンジ」ですね。神宮の銀杏並木を24時間走ったレースです。あれは今でも忘れられません。269.225kmという国内最高記録を出すことができました。

―― ええっ! 269km走ったんですか? 100kmを走るウルトラマラソンも想像がつきませんが、24時間走り続けて距離の長さを競うというレースは、さらに想像がつかないのですが…。

重見高好 そうなんです、想像がつかないんです(笑)。でも、だからこそおもしろいと思うんですよね。長距離というと、日本ではフルマラソンが、世界では1万メートルが王道。でもそこで結果が出せないのなら、自分が戦える新たなステージを探さないと。そこで結果を出して、注目されることが“勝ち”だと思ってるんですよ。

―― 24時間走ると、体はどうなってしまうんですか?

重見高好 吐き気と震えが止まらないですね。足は象みたいに膨れ上がって、一週間ぐらい腫れが引きません。爪は取れるし、お腹はずっと下ってるし、さらに一か月以内にひどい風邪を引くなど大きく体調を崩します。走った直後は車イスでないと移動できませんでした。

―― 大げさではなくて、死と隣り合わせの状況ですね。

重見高好 ランニングって、自分の体重の4〜5倍の体重を自分の足に叩き付けることになるんですけど、フルマラソンならそれが5万回ぐらい。100キロマラソンなら約2倍の10万回。僕は260km走ったので、1日で25万回ぐらい叩き付けたことになるんですね。血液が下へ下へと下がっていくので、内蔵機能がストップしてしまいます。

―― うーん…そこまでして、なぜ走るんでしょうか?

重見高好 僕の場合は、それが仕事なんです。村をPRする“使命”があるんです。だから頑張れました。また必ず挑戦する予定です。

ハートの強さを問うのは、最後まで取っておく

―― トレーニングをさぼりたいときはないのでしょうか?

重見高好 ないといえば嘘になりますけど、僕の場合は事前に1か月のメニューを立ててしまうんです、少しきつめのものを。で、最終的に、前日の体調で決めます。そうしたら、当日の変更はなし。ただ、熱が出たときはきちんと休みます。それ以外は、とにかく靴ひもを締めて走り出す。もし、その日の気分でメニューを変更した場合は、どうして変えてしまったのかを反省する時間を設けます。でもそれって考えることが増えちゃって、逆に面倒なんですよね。だからとりあえずやる。意外にできるものだし、その実績が自信につながるんです。

―― 走っていて、いちばんきついのはどんなときですか?

重見高好 うーん、レース本番ではなくて、トレーニングのときですね。レース後に少しでも笑いたいと思うんで、頑張っちゃうんですよ。結果がよければ、体の痛みが残るだけで精神的なダメージはない。でも結果が悪かったら、体も痛い、気持ちも痛い、いいことがひとつもないんです。だからトレーニングがいちばん大切だし、かつきつい。本番は、それまでに何をやってきたかを出す場だし、出る場でもありますから。

―― 逆に最高に楽しいときは?

重見高好 喜んでくれる人の笑顔ですね、「ようがんばった!」という本当の笑顔。どんな結果でもねぎらいの声はかけてくれるけど、本当に結果出したときは、やっぱりみんなの笑顔がはじけてますから。ちなみに、批判は真摯に受け止めます。いちばん辛いのは話題にも上らないことかもしれません。

―― メンタルについては、どう考えていますか?

重見高好 精神面の影響は大きいと思います。「ハートを強くしろ! マラソンはここだよ、ここ!」と左胸を指す指導者はたくさんいます。でもね、僕は「ハートの強さを問題にするのは、最後まで取っておくべき」だと思っています。なぜかって、メンタルのことは、選手本人がいちばんわかっているから。気持ちが弱い、根性がない、なんてだれにでも言えます。それを言っちゃあ、おしまいです。だからどうぞ、最後まで触れないであげてください。それよりも技術面、食事面ほかで綿密なフォローをして、いい結果に結びつけてあげること。それが自信につながって、自然とメンタルが強くなる。僕はそう考えています。

応援されなかったら、なんのこっちゃわからない

―― 話題は変わりますが…ランニングのファッションについてお話を聞かせてください。

重見高好 僕は村のPRが仕事ですから、見せることを前提に、派手なウエアで走っています。そして、ランナーの方々にも、ぜひ明るい色のウエアを選んでほしいと思いますね。なぜかというと、モチベーションが上がるのはもちろん、車などからも目立って見えるので、安全につながるからなんです。

―― ちなみに、普段のファッションは? お休みの日はどう過ごしているのですか?

重見高好 休みの日は子供と思い切り遊ぶので、動きやすい格好、つまりジャージですね(笑)。

―― ご家族はどんな存在ですか?

重見高好 僕の仕事は、家族の応援があってこそ。だから活動意欲の源です。そして、3人の子供たちを、社会人になるまで育て上げるのが僕の“使命”。だから、好きな「走ること」を仕事にできたのは幸せだし、走る使命はそこにあるのかもしれません。

―― やはり使命を抱えて、走っているんですね

重見高好 「なぜ走るのか」という問いにはいろんな答えがありますが、やっぱり応援してくれる人がいるから走るんですよね。その人たちにいい結果を報告したいですから。

―― たとえばですが、応援してくれる人もいない、食べさせなきゃいけない人もいない。その場合でも、走りますか?

重見高好 走ります。

―― 即答ですね!

重見高好 そこまでシンプルな環境で走るのは、ある意味理想だし、楽しいだろうし、結果も出ると思います。正直、嫌いじゃないし、僕も実業団のときは周囲がまったく見えてなくて、走ることだけに集中していた時期がありました。でもね、それってほんの一瞬、強いだけ、速いだけ。続かないんですよ。走り続けることはできないんです。応援されなかったら、なんのこっちゃわからない。ここまで続けられたのは、自己満足の世界にいた僕を、家族が、村の人々が、全国の人が、応援してくれたからですね。ありがたいことです。

走ることをやめなくて、本当によかった

―― 今年の6月には、南アフリカのサバンナで行われる極地マラソン「ビッグ ファイブ マラソン」に。続いて9月にはギリシャへ赴いて、「スパルタスロン」に参加されます。

重見高好 「ビッグ ファイブ マラソン」は、普通、人間が行くような場所ではないところで行われる、87kmのレースです。十分な装備や正確な知識を身につけて臨まないといけません。また、「スパルタスロン」は、ウルトラマラソンのマイスターたちが集う、全246kmのレースです。

―― 246km!4月にイタリア・トリノでの24時間走世界選手権を終えたばかりですよね。

重見高好 実際、コンディションは万全ではなくて、慢性的な故障を抱えているのが正直なところ。「スパルタスロン」を終えたら、少しだけ休もうと思っています。そのあとの目標は、2018年、フランスで行われる24時間走世界選手権。それにエントリーできるよう、2016年は、予選会となる神宮外苑のレースに再度トライするつもりでいます。ただ、勝てないならそこだけに依存するのは厳しい。視野を広げれば、48時間レースや6日間走など、いろんなカテゴリーがありますからね。

―― ええと、気が遠くなりそうです…。でも、今後も自分の戦えるステージを探して行くということですね。

重見高好 距離や時間を競うだけでなく、野山を走るトレイルランもあるし、先日、パラリンピックを目指してパートナーを探している、盲目のランナーの方との出会いもありました。また、競技思考から離れて、楽しむことを充実させる方向に向かってもいい。ランニング愛好者の方って、走るのが好きで、楽しく走りたいとおっしゃるんですよ。実は「楽しく走る」というのが、最近まで自分の中でよくわからなかった。でも、彼らが「走ろう、走ろう」と笑顔で背中を押してくれたから、今があります。実業団を辞めて走るのが嫌いになったこともあったけど、やめなくて本当によかったと思っています。

走ることには、いろんな切り口、やり口がある。結果は重要だけど、速い、強いだけじゃ豊かじゃない。今、走ることに行き詰まっている人がいたら、こんなことを頭の片隅に置いてみてほしいですね。「村おこしランナー」として世界を目指している僕だからこそ、伝えられることだと思うので。


Vol.33 重見高好

今月のトラディショナル スタイル
重見 高好(しげみ たかよし)さん
1982年生まれ、愛知県出身。中学生の頃から陸上選手として活躍し、実業団ランナーとして数々の大会で優勝・上位入賞を重ねる。フルマラソンで世界を目指すも、故障により夢半ばで実業団を辞め、世界と対等に戦えるステージとして、「100kmマラソン=ウルトラマラソン」と出会う。フリーランナーとして標高850m〜1400mの長野県売木村で単身合宿をおこなっていた時に、売木村村長によりスカウトされる。うるぎ村ランニングユニフォームを着て、世界各地の大会に出場し、売木村のPRと自身の自己記録更新、世界選手権への切符を目指している。
また売木村地域おこし協力隊として長距離トレーニングのプロデュースも行っている。
http://shigemi.me/index.html

Vol.34 堤大介

Vol.32 若木 信吾


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