TRADITIONAL STYLE

Vol.25 別所哲也


Sep 10th, 2014

photo_shota matsumoto
hair&make_hidenobu morikawa(NOV)
text_maho honjo

朝はこの人の声を聴いて目を覚ます、という方も多いのでは? 今回は俳優であり、ラジオのナビゲーターとしても活躍する別所哲也さんの登場です。「役者として感性を柔らかく保つ」「生放送で反射神経が鍛えられた」など、今も若々しいその秘訣が随所に。マルチに活動する人の好奇心の源を探るべく、秋の靄に包まれる六本木ヒルズでお話を伺いました。

英語好きが、いつのまにか演技好きに

―― 俳優を志すようになったのは、大学でESS(英語劇のサークル)に所属されたのがきっかけとか。

別所 哲也 小さなころから海外に憧れていて、英語を使う環境に身を置きたいと思っていたので、大学では迷わずESSに。ディベート、スピーチ、ディスカッションなどもあったのですが、高校までずっと体を動かしていたので、筋トレやジョギングもやりつつ、生きた英語を学べるかな、とドラマセクションを選んだんです。

―― 俳優を目ざして、ではなかったんですね。

別所 哲也 人前で泣いたり笑ったりなんてムリムリって思ってましたよ(笑)。英語を使って世界を飛び回る職業に就きたくて、外交官とか商社マンとか、漠然とそんな将来像を描いていました。

―― そこからなぜ、演技に入り込むことに?

別所 哲也 英語習得のために始めた英語劇だったけど、台本を読み込んで、ある人物像や社会背景を考えるという作業が、妙に新鮮だったんです。演技で自分の感情が動いたり、それを観てお客さんの表情が変わるのもおもしろくて。また、当時は80年代で、ザ・バブル。将来を考えるとき、法学部法律学科から100人、このゼミから10人と、ブルドーザー方式で就職先が決まっていく様子に違和感を覚えていました。

―― あの時代、そこに違和感を覚える人は少なかったのでは?

別所 哲也 そうですね。僕だって演劇に出合わなかったら、立ち止まって自分を見つめることはなかったかもしれません。

―― でも、そこから覚悟を決めて一歩を踏み出すのは難しいですよね。

別所 哲也 何をもって将来の道を決めたらいいかな、と考えて。で、40歳、50歳になったときに、あれをやっておけばよかったと後悔しない道を選ぼうと。そうしたら素直に「俳優」という職業が頭に浮かんだんですよね。

ジャケットシャツ/NEWYORKER、他本人私物

俳優を目ざすと聞いて…家族は失笑してました

―― 大学卒業の翌年、映画の撮影のため、アメリカに渡られますね。

別所 哲也 ハリウッドでつくるSFXムービーの日本人宇宙飛行士役にオーディションで合格したんです。その募集は新聞に出ていたもので、父親が「これ受けたらどうだ」と。

―― お父様が? そもそも俳優になると聞いて、ご家族はどんな反応だったんですか?

別所 哲也 これがまた、家族全員、失笑してましたね(笑)。

―― ええ? 反対ではなくて、失笑ですか?

別所 哲也 「お前にできるわけがないだろう」と、たわごと扱いですよ。父親も祖父も叔父も全員銀行員という家系で、「ま、泣いて戻ってくるだろうけど、地元での就職口はどうにかするから」と。なにくそと思いましたね。ただ、その失笑していた父親が、「せっかくやるならこういうことに挑戦しろ」とチャンスを見つけてくれた。結局、それが映画デビュー作になるわけです。

―― アメリカでの生活はいかがでしたか?

別所 哲也 それが…最初の2か月は引きこもっていました。初の海外生活で、現地の英語は早すぎて聞き取れないし、業界用語はわからないし、L.A.スラングなんてもっとわからないし。「O.J.」ってオレンジジュースの略なんですけど、「オウジェイ!」と言われてもなんのことやら。今では些末な事ですけど、もう外に出るのが怖くなって、“TVディナー”と呼ばれるワンプレートの冷凍食品をチンして、文字通りテレビばっかり観てました。

―― 演技指導なども、もちろん英語ですよね。

別所 哲也 最初は「リーストラスバーグ・シアター&フィルムインスティテュート」というアクティングスクールに通って、トム・クルーズなども指導した先生に学んだんです。僕の英語は日本で勉強したものなので、発音を集中的に矯正したり、英語のアクセントや抑揚でセリフを読む練習をしたり。少しずつ生活に慣れ、知り合いも増え、アメリカには1年半滞在しましたね。

役者として、個人として感性を柔らかくしておきたい

―― 曖昧な質問になるかもしれませんが、「演じる」というのはどういう作業なのでしょうか? 演技という仕事をしたことがないので、一度聞いてみたいと思っていたんです。

別所 哲也 うーん、なんと説明すればよいかな…。たとえば人間だれしもいろんな経験をして、そこから思いや考えが生まれて、だんだん好みやこだわりが出てきますよね。それらが積み重なって積み重なって、今のキャラクターができあがるわけです。それを演技の世界では“パーソナルヒストリー”と呼ぶのですが、僕たちがある役柄を演じる場合、まずそのパーソナルヒストリーを構築することから始めるんですよ。

―― ふむふむ、なるほどです。

別所 哲也 するとだんだん役の“生き様”みたいなものが浮かび上がるので、それを自分という楽器を使って奏でる。かっこつけた表現かもしれませんけど、そう教わりましたね。

―― 自分という楽器を使って奏でる! 素敵な表現ですね。チューニングのために心がけていることはあるんですか?

別所 哲也 自分が何に反応して感情がどう動くのか、敏感でいるようにしています。音楽にしろ、ニュースにしろ、感情が高ぶるもの、涙腺が緩むもの、気持ちがザワザワするものなどあるわけで、その感性は柔らかくしておきたい。さらに気持ちが動いた理由を探ると自分のパーソナルヒストリーにたどり着いたりして、なかなかおもしろいんですよ。

―― 自分という楽器の個性を知っておくんですね。

別所 哲也 その一方で、「自分にNo ruleでいたい」とも思っています。役者はレセプターであって媒介者だと考えると、こだわりは強すぎないほうがいい。先入観をもたず、好奇心をもってものごとを受け入れる。これは一個人としても、重要な気がします。

乾いた心をショートフィルムが潤してくれた

―― その後、転機となった出来事をひとつ挙げるとすると何でしょうか?

別所 哲也 30代の前半、ショートフィルムとの出合いですよね。その年齢って、どんなに好きで始めた仕事でも迷う時期じゃないですか。僕も俳優として充実していたけれど、あるとき仕事以外に引き出しがない自分に愕然としたんです。そこで3か月の長いお休みをいただいて、再びアメリカを訪れました。

―― 当時のサンダンス映画祭も訪れたとか?

別所 哲也 まだ無名のベン・アフレックがちょこんといて、その向こうにスパイク・リーがいて、こっちにはクリスティーナ・リッチが座っている…そんな状況に目を見張りました。有名無名問わず、俳優、監督に一般人まで混じって映画について語っている。僕も「あなたは?」「日本の俳優」「じゃ、『ゴジラ』に出た?」「もちろん」「冗談でしょ?」「ほんとなんだって」なんてやり取りもしました。そのときですね、ショートフィルムの存在とおもしろさ、さらに名だたる映画人がそこからデビューしているなどの事実を知ったのは。

―― ただ、実際に映画祭にまでするって、すごい行動力ですよね。

別所 哲也 冗談でなく大変でした(笑)。ある大学のフィルムライブラリーでジョージ・ルーカスのショートフィルムを見つけ、受付のお姉さんに粘ってルーカスの連絡先を教えてもらって、メールしたり電話したり。企業に協賛を募るのに「協賛金というものをいただきたく」「それはいくらぐらい?」「えーと、逆にいくらほどかと…」などと言ってお互いに苦笑したり…。映写機はどこで借りる? 税関にフィルムを通す申請は? などなど、何ひとつスムーズにいったことはありませんでした。

―― 途中で投げ出したくなりそうですが…。

別所 哲也 俳優が事業なんてやるものじゃないとか、役者として輝かなくなるとか、いろんなことを言われましたね。とにかくわかったのは、人間は、あることを真面目に守って行く人と、疑問をもってイノベイティブに変革して行く人と二種類いるということ。前者に教えてもらい、後者に助けられながら、どうにか今まで続けてきたという感じです。

―― 別所さんの熱意が輪となって広がったんですね。

別所 哲也 仕事以外に夢中になれるものが欲しかったんです。僕の場合、そこにショートフィルムがズバッとはまったんですね。

生放送で脊髄反射神経が鍛えられた

―― それでは、ラジオのお話を聞かせてください。聴いていて、別所さんはいつもフレッシュだな、と感じます。

別所 哲也 おそらくラジオというメディアに集まる情報がフレッシュで、さらに編集して届けるからそう感じるのかもしれません。特に今は朝の生番組ですから、演劇にたとえると即興劇…いやそれより早い反応が求められます。

―― 朝の生番組が始まってもう8年。ここまで続けると、何かが鍛えられそうです。

別所 哲也 脊髄反射神経が鍛えられます(笑)。脳の前頭葉に落とし込んで考えるのではなく、もう脊髄あたりでパパっと反射しなければ間に合わないので。

―― 別所さん自身、その間に変わったことは?

別所 哲也 結婚して子供が生まれて、ライフスタイルが変わりましたね。さらに9.11、3.11もあって、世の中が激変したと思います。

―― 激変というのは?

別所 哲也 価値観が変わりましたよね。20世紀は上昇志向とか競争意識とか、言うなればマドンナの時代。21世紀はシェアするとか共感するとか、レディ・ガガの時代と言えばいいのかな。妙な例ですけど、ラジオのゲストに来てくれた30代の起業家が、たとえば30万円稼ぐとして、「3万円の仕事が10個あるほうが危機管理を考えるとベターだ」と言うんです。僕なんかは30万の仕事をどーんとほらひとつ、なんて考えちゃう。いい意味で感覚が全然違う。そこにハッとさせられることが多いんですよ。

―― ラジオは、新しい人や価値観に出会える場所なんですね。

別所 哲也 自分の好きな音楽を聴いて、好きなお店でごはんを食べる、それはもちろんベースだけれど、それだけじゃやっぱり人生つまらない。新陳代謝というのかな、そこは意識してますね。

ラインが美しいファッションが好き

―― 別所さん自身の変化も聞かせてください。家庭をもって、どう変わりましたか?

別所 哲也 託児所、授乳室、ベビーカーレンタル…六本木ヒルズがこんなにキッズフレンドリーな場所だったんだと初めて知りました(笑)。などなど、父親としてとか、子供だったらとか、視点のベクトルが増えましたね。

―― お子さんの存在は大きいですか?

別所 哲也 今まで見えなかった世界が見えますよね。子供って観察しているとおもしろいんですよ。お風呂に入れていたときのこと、水を触っているうちにパシャパシャと音が出ることに気がついて、それに集中し始めたんですよ。その瞬間の「音が出るんだ、水って」という驚きの表情が忘れられません。人間、何かを発見したときってこういう顔をするんだと、役者としても教わった瞬間でしたね。

―― ちなみに、いつもスマートな着こなしをされていますが、お洋服を選ぶときのポイントを教えてください。

別所 哲也 着心地とかデザインとか、洋服を選ぶ要素はたくさんあるけれど、僕の場合はラインがきれいな洋服が好きですね。止まっているときだけでなく動いたときにもシルエットが美しいかどうかは重要と思っています。

―― 役者の方ならではの視点ですね。

別所 哲也 1本芯の通った役柄なら直線的でソリッドなラインの衣装、逆に気持ちが揺れているキャラクターであれば曲線的でやわらかいシルエットの衣装、など関連させるんですよね。映画祭のときにタキシードを着ると気持ちが華やぎますし、洋服とメンタルはリンクすると思っています。

これからも、いろんな価値観と目線を一緒に

―― 来年は50歳という節目の年を迎えますね。

別所 哲也 そうですね、今まではこの先輩についてがんばればいいんだ、なんて思っていたのが、気がつけば周囲に若い人たちが増えて。

―― このインタビューはファッションブランド「ニューヨーカー」のサイトに掲載されるのですが、今年50周年なんです。

別所 哲也 それはリンクしますね! さらに僕、ニューヨークって大好きなんです。ブロードウェイで舞台を観るのも好きだし、結婚式のテーマは、映画『恋人たちの予感』でしたし。あの街は地域ごとの特色が濃くて、時代で様相が変わるのが本当におもしろい。独特の脈拍、心拍数の高さが刺激的で、訪れるたびにワクワクします。柔軟性があって、代謝能力が高くて…いい街ですよね。

―― 別所さんとニューヨーク。どこか似ているのかもしれません。

別所 哲也 50歳を迎えると思うと感慨深いですけど、これからもいろんな価値観に出合うのが本当に楽しみ。それらと感覚は一緒でなくても、目線を同じにしたり、理解を深めたりして、今も鍛えている最中の“脊髄反射能力”を高く保てるように(笑)、がんばろうと思います。

J-WAVE HOLIDAY SPECIAL
「NEWYORKER presents BEAUTIFUL DAYS」

放送日時:2014年10月13日(月・祝) 9:00~17:55 (8時間55分プログラム)
ナビゲーター:別所哲也 & レイチェル・チャン

NEWYORKERが提供する新しいライフスタイル『美意識のある毎日』をデザインする9時間プログラム。多彩なゲストを迎えたトーク、秋のニューヨークを舞台にしたショートストーリーや美しき音楽史の50年のDJ MIXなどでお送りします。
9月13日(土)にオープンするNEWYORKER GINZA FLAGSHIP SHOPからの公開放送も実施。NEWYORKERグッズのプレゼントも予定しています。

10月13日はJ-WAVE(81.3FM)をぜひお聴きください。
http://www.j-wave.co.jp/

*J-WAVEはラジオ以外でもradiko.jpでPCやスマートフォンからも無料で聴くことができます。
配信エリアは東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、栃木、群馬の1都6県。「radiko premium」という月額350円の有料サービスを利用すれば、日本全国どこでもJ-WAVEをお楽しみいただけます。

Vol.26 小林 薫

Vol.24 瀬筒 雄太


FEATURED ARTICLES

Mar 2nd, 2017

ICON OF TRAD

Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。

サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのス...

Mar 9th, 2017

HOW TO

ジップアップ パーカ Vol.01

氷雪地帯で生活をしていたアラスカ先住民のイヌイット民族が、アザラシやトナカイなど、動物の皮革でフード付きの上着(アノラッ...

Oct 20th, 2016

HOW TO

ストライプ スーツ Vol.02

Vol.01のディテール解説に続き、Vol.02ではストライプスーツを着こなすスタイリングを提案。Vゾーンのアレンジで印象はぐっと変え...

Mar 2nd, 2016

ICON OF TRAD

Vol.39 女性がほんらい男物だったトレンチコートを着るとき

そもそも男性服であったトレンチコートは、どのようにして女性たちの間に浸透していったのだろうか?

Aug 25th, 2016

HOW TO

ネイビーブレザー Vol.01

アメリカントラディショナルファッションの代名詞ともいうべきネイビーブレザーは、日本では《紺ブレ》の愛称で親しまれている。...

Jan 12th, 2017

HOW TO

トレンチコート Vol.01

トレンチコートが生まれたのは第一次世界大戦下でのこと。イギリス軍が西部戦線での長い塹壕(=トレンチ)に耐えるために、悪天...


YOU MAY ALSO LIKE