TRADITIONAL STYLE

Vol.38 五嶋龍


Dec 9th, 2015

photo_shota matsumoto(excluding「題名のない音楽会」)
text_yu fujita


今年10月からテレビ朝日系列のクラシック音楽番組『題名のない音楽会』の司会を担当し、さらにその名を広く知られるようになった五嶋龍さん。生粋のニューヨーカーである龍さんのN.Y.の日常、“枠に収まりたくないヴァイオリニスト”としての活動など、日々進化を重ねる27歳の今をお伝えします。

人気者になりたくて始めたヴァイオリン

―― ご両親共に元ヴァイオリニスト、お姉様の五嶋みどりさんは幼少時より世界を舞台にヴァイオリニストとして活動しています。龍さんもみどりさん同様、生まれたときからヴァイオリンを弾く環境が整っていたとはいえ、ヴァイオリンを始めたのは何がきっかけでしたか?

五嶋龍 姉のサイン会を見て、ですね。どうしたらこうなれるのかなって?

―― 人気者になりたくて、ヴァイオリンを始めたんですか?!

五嶋龍 はい。大変でしたよね……そこからが(苦笑い)。

―― 7歳でコンサートデビュー。当時のプロとしての自覚はいかがでした?

五嶋龍 まったくなかったです。今でもそれはないかもしれないな(笑)。「弾くからにはベストの結果を出す」というのがプロだと思うのですが、僕は物心ついたときから演奏していますから、プロ意識といったことを改めて考えることはないですね。

―― では、ヴァイオリンのどこに魅力を感じてここまで続けてこれたのですか?

五嶋龍 ……(しばらく沈黙)。言葉にするのは難しいですね。

―― そんなに上手で、こんなに人気者になっても、ですか?

五嶋龍 ヴァイオリニストでいることは、そんなに楽なことではないです。「止めたい」という思いに打ち勝つ訓練ですね。毎日が勝負です(笑)。

―― それは意外でした。

五嶋龍 僕の場合、ヴァイオリン以外にもやりたいことがいっぱいあって。手をつけることができないまま、時間が過ぎていったことを思い返すと要領が悪かったなと。何しろ、演奏家はひとつの場所に落ち着くこともできませんから。とはいえ、ヴァイオリニストであることは確固たる自分の人生の一部ですから、今から方向転換もできませんし。

―― これまでにヴァイオリンを手放そうと思ったことも、あったのですか?

五嶋龍 もう、何千回とありますよ! 音楽そのものは、僕は大好きですが、音楽を職業としてやっていくには犠牲になる部分がたくさんありますからね。でも、たまに思うんですよ。コンサートで世界の色々な場所に行って、音楽業界以外のさまざまな人と出会うことも、僕がヴァイオリンを続けていることの「ご褒美」だって。

―― そのたまに感じるというご褒美の回数は……年に1、2回?

五嶋龍 そこまでシリアスではないですね(笑)、月に2、3回はあります。

―― それを聞いて安心しました。龍さんの場合、ハーバード大学(物理学専攻)に進学されていますし、人生を音楽だけに捧げてこなかったからこその葛藤があるのかと思います。

『題名のない音楽会』は毎週日曜朝9時からテレビ朝日系列で放映されているクラシックに特化した音楽番組。1964年にスタートし、世界一長寿のクラシック番組としてギネスブックにも認定されている。五嶋龍さんは歴代最年少で5代目となる新司会者となった。

日本の音楽番組の司会者に抜擢されて

―― 大学も卒業されて、音楽家としてこれから飛躍されていくのでしょうが、今年は『題名のない音楽会』の司会という大役を引き受けられましたね?

五嶋龍 はい。日本に頻繁に通うことになることも含め、決断するのには勇気がいりました。

―― 司会役を務めてみて、いかがですか?

五嶋龍 特に最初の2回の収録では緊張で5分話すと汗びっしょりでしたが、少しずつ楽しくなってきました。でも、引き受けてよかったと思っています。

―― ニューヨークに拠点を置いている龍さんは、これまで国内の音楽家の方々と出会う機会もなかったはずですから、刺激にもなりますよね?

五嶋龍 ええ。毎回、素晴らしいゲストが来てくださるので、彼らの話を聞いていると人生が豊かになります。司会者としては、視聴者、観覧者の方が面白いと思うことを引き出すために、一般的な質問やツウな問いかけを織り交ぜることも心がけていますね。番組を見て、「楽しかった、終わり」にはしたくないから、番組のコンテンツづくりにも関わっています。

―― 新司会で始まったテーマには「宇宙」「ゲーム」「音楽家の筋肉」といったタイトルが。テーマを並べただけでも今っぽくもあり、龍さんらしいといいますか。

五嶋龍 よりシックに、ヒップにプレゼンテーションしていきたいですね。今、最先端に何があるのか、過去にある伝統的なものからの過程をお見せしながら、次の音楽のありかを想像させるものをつくりたい。この発想は、僕のコンサートとまったく同じ。音楽と観客がインタラクティブな関係でいてほしい。「あの曲は好き、嫌い」「五嶋龍はああ言っていたけれど、私はそうは思わない」、なんでもいいのですが、音楽に対して自分の意見をもって、議論することができたらいいですよね。それが音楽のことを考える時間をもつことにつながると思う。

僕はアーティストだから、音楽は人生の一部ですけれど、みなさんにとっても音楽が人生の一部になってもらえればうれしい。生の音楽を聴くことがもっと身近にもなってもらいたいですしね。

いい音色はたとえるなら完璧なステーキ

―― ここまでお話をうかがっただけでも、龍さんが音楽を愛しているのがよくわかります。

五嶋龍 音楽というより、「音色」が好きなんですよ。うまい音というのは、美味しいデザートを食べるときや、極上のステーキを想像していただいて、そのいちばん美味しいところを口にしたときの「!」という感動が、音楽にもあります。

―― たとえ話が絶妙で、わかりやすいです。

五嶋龍 自分がひとりの聴衆として、その瞬間に立ち会えるのは喜びですよね。ヴァイオリニストとして「ここがいちばん美味しい音です」という音が出せたときは、それはもう、「完璧なステーキが焼けたぞ!」という(ガッツポーズ)。

―― そうなるわけですね(笑)。

五嶋龍 自分の思ったように音を出して、「ああ、いい音だな」と思えるのが幸せ。僕はいつもそれを目ざしています。

ラクではないニューヨーク暮らし

―― ステーキをご自身で焼く話も出たところで、気になるニューヨークの生活もお聞かせください。大学を卒業されて、音楽家としての拠点をニューヨークに置かれたのですね?

五嶋龍 はい。生まれた場所でもあり、慣れ親しんだ街ですから。でも、実際の生活面を考えると、ニューヨークは暮らしにくい街だと感じることはありますよ。

―― それでも、この街にいるべきだ、と?

五嶋龍 音楽の拠点というより、あらゆることの拠点であって…世界に求めるものがすべてこの街にありますからね。でも、住んでいる人は半分嫌々ながら住んでいるんじゃないかな? 人の態度も悪いし、愛想もないし、物価も高い…、それがニューヨークのキャラクターだ、といえばそうなんだろうけれど。

―― それでも、どこかの国で演奏を終えて、ニューヨークに戻るとほっとしますか?

五嶋龍 そうですね、東京に来てもほっとはしますが。

―― ニューヨークの自宅に戻って、いちばんしたいことって何ですか?

五嶋龍 ゲームです。

―― ゲームですか(笑)!

五嶋龍 ですね(笑)。あとは、好きな趣味について調べたり、お腹が空いたら何かつくってみたり。「今日は何しようかな?」「ジムに行って体を動かそう!」なんてことをつらつらと考えているのが幸せ。

空手家のヴァイオリニスト、夢を語る

―― 龍さんの師匠といえば、お母様とニューヨークにもうひとり。空手のマスターがいらっしゃいますね? 幼少から始めた空手は今、何段ですか?

五嶋龍 参段です。

―― 音に気合いが込められた龍さんの演奏には、空手をされていることが大きく影響されているのがわかります。空手に関しては今後の展望は見えていますか?

五嶋龍 うーん、空手がオリンピック種目に選ばれるかによりますね。

―― いきなりピンポイントな目標が出てきました(笑)。

五嶋龍 そのときは、空手だけに注力するかもしれません。アメリカ代表だったら僕も出られるかな…と。冗談ですけど(笑)。

―― 世界の舞台で戦いたいんですね。空手のように「結果」が出る世界は、龍さんにとって必要なものですか? ヴァイオリンはそこまで明確ではないですよね。

五嶋龍 必要ですね。どこまで強くなったか、自分を計れるのがいい。僕にとって空手は趣味ではなく、自分をつくる一部なんです。

―― それは龍さんの充実した顔、体つきを見ればわかります。さて、思いもかけない将来の夢をうかがったところで、今後挑戦してみたいことを教えてください。

五嶋龍 いっぱいありますよ。どれからにします?

―― 音楽の話は最後にするとして、それ以外を順に聞いていきましょうか。

五嶋龍 最終目標は宇宙に行きたいですよね。ダイビングでダイビングマスターもとりたいし、サーフィンも挑戦してみたいです。それから、僕は大学時代の同窓生と西アフリカを拠点にいくつか起業しているのですが、それをもっと軌道にのせたいですね。人に求められるビジネスを企画して成立させていくのは、育てる楽しみがあって、いいですよ。

至上のヴァイオリンと巡り合って

―― まだ時間がたっぷり残されている龍さんは、ひとつずつやっていけそうですね。さて、音楽に関してはいかがですか?

五嶋龍 いくつもの有名なオーケストラと演奏をしていきたいです。その違いを肌で感じたい、それに尽きます。

―― もっといいヴァイオリンに出合いたい?

五嶋龍 それはないです。というのも、今のヴァイオリン(日本音楽財団より貸与された1722年製のストラディヴァリウス「ジュピター」)のクオリティが最高で。3年前から使わせていただいていますが、ほかの楽器を弾きたいと思ったことはないです。

―― それは今後の演奏も楽しみですね。新しいアルバム『レジェンド』でその音色を聴くことができますが、このアルバムでは、世界的に注目されている指揮者アンドレス・オロスコ=エストラーダ氏率いるフランクフルト放送交響楽団と演奏されています。
アンドレス氏と共演されていかがでしたか?

五嶋龍 よかったです。クラシックだけれどもモダン。華やかに盛り上げるところは盛り上げた演奏で僕を支えてくれたので、楽しんで弾くことができました。

©Ben Knabe
2015年11月11日、16日、17日の来日公演でも息のあった共演を見せた五嶋さんとオロスコ=エストラーダ指揮フランクフルト放送交響楽団。超絶テクニックを駆使しながらも、伸びやかに、自由闊達にメロディを奏でる龍さんにオーケストラからも拍手が鳴る。

―― 今年がコンサートデビュー20年、CDデビューから10年。この記念すべき年に、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」でいこう、と決めたのは龍さんご自身で?

五嶋龍 そうですね。もちろん、レコード会社とオーケストラとも相談しました。

―― チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」は、ヴァイオリニストなら誰もが挑戦する傑作ですが、自分の代表曲にできるかは別の話ですよね。

五嶋龍 5歳のときから弾いてきた曲ですが、今だから僕なりに弾きこなせたという自信はありますね。

―― でもアルバムタイトルは、もう片方の収録曲、ヴィエニャフスキの「レジェンド」に。

五嶋龍 タイトルにかっこいいかな、と。深い意味はないのですが(笑)。

―― そういった…なんというか、型にはまらない展開が龍さんは好みなんですね。その気質は小さいころからですか?

五嶋龍 そうですね。僕に限らず、家族全員そうですよ。それぞれの興味の幅もとても広いし、趣味も多いし、ひとつの枠に収まるような人たちではないようで。

ファッションに“モテ”は不要です

―― 最後に、ファッションについてもおうかがいしましょう。この話の流れでいくと、ご自身が音楽家であることは、普段のファッションではアピールしていない?

五嶋龍 まったくしていません(笑)。演奏するときは、カッティングのきれいなスーツにこだわりますよ。靴は英国製の「クロケット&ジョーンズ」。

―― 装うことで自分のキャラクターをつくることもできるわけですが、「五嶋龍のスタイル」とは?

五嶋龍 少しコンサバティブですかね。ドレッシーにしようと思えば、いくらでもできるけど、あえて、しない(笑)。ニューヨークにいておしゃれする必要もないし、モテたいとも思わないし。

―― モテたくないんですか?

五嶋龍 自分で自分の価値がわかっているから、洋服でアピールする必要はないですよね。

―― そう切り返されると言葉が出ません。自信にあふれている龍さんは、何を着ていてもかっこいいです。

五嶋龍 フッフッフッ(笑)。自信に欠けているから、こんなに向上心があるんじゃないのかな。僕、向上心の塊みたいな人間ですよ。昨日の自分よりも、今日の自分が好きだと思えれば、今日を生きている意味があったと思うような。自分が前を進んでいると感じることが僕にとっては幸せなことなんです。


Vol.38 五嶋龍

今月のトラディショナル スタイル
五嶋龍(ごとうりゅう)さん
ニューヨーク生まれ。7歳でパシフィック・ミュージック・フェスティバルにおいてパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏しデビューを飾る。その後、ソリストとして日本国内、世界各国のオーケストラと共演。新作アルバム『レジェンド』はチャイコフスキー作「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35」、ヴィエニャフスキ作「伝説 作品17」を収録。2016年の日本公演は、ヤニック・ネゼ=セガン指揮によるフィラデルフィア管弦楽団の日本ツアーで共演を予定。6月2日フェスティバルホール(大阪)、3日・5日サントリーホール(東京)、4日ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎)。http://www.ryugoto.com/
五嶋龍『レジェンド』
(限定盤SHM-CD+ハーフイヤー・カレンダー封入・ワイドPケース)
¥3,056+TAX
発売・販売元:ユニバーサル ミュージック合同会社
〔収録曲〕
・チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
・ヴィエニャフスキ: 伝説 作品 17

Vol.39 仲村トオル

Vol.37 横尾忠則


FEATURED ARTICLES

Mar 2nd, 2017

ICON OF TRAD

Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。

サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのス...

Mar 9th, 2017

HOW TO

ジップアップ パーカ Vol.01

氷雪地帯で生活をしていたアラスカ先住民のイヌイット民族が、アザラシやトナカイなど、動物の皮革でフード付きの上着(アノラッ...

Oct 20th, 2016

HOW TO

ストライプ スーツ Vol.02

Vol.01のディテール解説に続き、Vol.02ではストライプスーツを着こなすスタイリングを提案。Vゾーンのアレンジで印象はぐっと変え...

Mar 2nd, 2016

ICON OF TRAD

Vol.39 女性がほんらい男物だったトレンチコートを着るとき

そもそも男性服であったトレンチコートは、どのようにして女性たちの間に浸透していったのだろうか?

Aug 25th, 2016

HOW TO

ネイビーブレザー Vol.01

アメリカントラディショナルファッションの代名詞ともいうべきネイビーブレザーは、日本では《紺ブレ》の愛称で親しまれている。...

Jan 12th, 2017

HOW TO

トレンチコート Vol.01

トレンチコートが生まれたのは第一次世界大戦下でのこと。イギリス軍が西部戦線での長い塹壕(=トレンチ)に耐えるために、悪天...


YOU MAY ALSO LIKE