TRADITIONAL STYLE

Vol.39 仲村トオル


Jan 13th, 2016

photo_shota matsumoto
text_maho honjo



強烈な印象を残した『ビー・バップ・ハイスクール』、一世を風靡した『あぶない刑事』など、鮮烈なデビューから31年、今や日本の映画界、テレビ界に欠かせない俳優となった仲村トオルさん。シリーズ最終作となる映画『さらば あぶない刑事』を控え、大先輩から学んだ男の生き様、また自分の幅を広げてくれた数々のエピソードについて、じっくりと語っていただきました。朴訥に見えて感性豊か、しなやかに男らしい人物像が浮かび上がります。

カメラの前にいないとき、どう生きているか?

―― 最新作『さらば あぶない刑事』、最高でした! テレビシリーズスタートから30年、前回の映画『まだまだあぶない刑事』から11年が経ちましたが、その“変わらなさ”が新鮮です。実際はどんな現場なのですか?

仲村トオル 30年ずっと変わらない雰囲気です。舘さん、恭兵さんはもちろん、プロデューサーの黒沢満さん、監督の村川透さん、カメラマンの仙元誠三さん…スタッフ全員がレールを敷いてくださって、僕らが演じる場所を温めておいてくれるおかげですね。

―― 仲村さんは現場に入るとすぐ、町田透役に戻れるのですか?

仲村トオル 戻れるというより、舘さん恭兵さんに会うと戻っちゃうんですね。何年乗らなくても自転車の乗り方を忘れないように、あの現場に入っておふたりの顔を見たら、意識せずともスッと漕ぎ出せる。そんな感じです。

―― 素敵な関係ができあがっているんですね。

仲村トオル 舘さん、恭兵さん、僕の関係と、鷹山、大下、透の関係は似ていると思います。デビュー作『ビー・バップ・ハイスクール』の撮影が1985年10月からで、翌年の7,8月にはもう『あぶない刑事』の撮影が始まっていました。言うなれば僕は“俳優ゼロ歳児”。1歳の誕生日も迎えてない状態で一気にテレビシリーズ51話に参加したような状態で、あのおふたりの存在が僕の俳優人生に大きな影響を与えたのは、もう必然なんですね。

―― あのふたりから学んだこと、聞いてみたいです。

仲村トオル 「俳優にとって大事なことはふたつ。カメラの前にいないときにどう生きているか。カメラの前に立ったときに何を考え、何を感じているか」。この考えは、おふたりからもらった究極の宝物です。「いや、こういう考えもある」「ほかにいいもの見つけた」なんて思ったこともあったけど、今あらためて何が大事かと考えると、結局、最初の1年にもらったこの考えに尽きるんです。

―― 一生ものですね。

仲村トオル 当時は20歳そこそこの若造で、かっこよくなりたくて必死でした。世の中にはいろんなかっこよさがあふれているけど、僕はおふたりみたいなかっこよさを手に入れたいと思った。じゃあ、どうすればいいのかと観察しまくったんです。僕は、舘ひろし&柴田恭兵研究の第一人者だと思いますよ(笑)。

かっこいい人は、かっこ悪いことを我慢している

―― 彼らは、どんなところがかっこいいんでしょうか?

仲村トオル 簡単に言うと、ストイックなんです。ある方が舘さんをこう表現していました。「なぜかっこいいかというとかっこ悪いことをしないからだ。かっこ悪いことをするのを我慢している」と。これは恭兵さんにも共通すると僕は思っていて。たとえば怖いものから逃げる、欲望のままに行動するのはかっこ悪いことだから、怖くても逃げないし、欲望のままだらしなく乱れたりしない。周りに対して不平不満をいうのではなく、自分が変わるか、周囲を変える努力をする。疲れきってしまっても、だらしなくしゃがみこむのではなく、そこに立ち続ける姿勢といえばよいのかな。

―― 男の生き様ですね。

仲村トオル あるとき舘さんに「自分にはまだ早いと思っても、少し無理して背伸びを続ければ、実際の背は伸びてなくても、その身の丈の男だと思ってもらえるようになる」という話をしてもらったことがありました。あと「一番欲しいものを手に入れろ」という話も。「二番でもいっか、なんてやってると、それぐらいのものにしかならない。俺は一番欲しいものばかり追いかけてるから全然貯金がない」なんて笑ってました。

―― 舘さんらしい金言ですね。恭兵さんは現場でのアドリブがすごいとか?

仲村トオル 恭兵さんは、以前からたくさんのアイディアを出す天才で、現場に入る前も来てからもずっと考えていて、それがまわりに反響していいムードを生んでいく。恭兵さんが仕掛けたことにベンガルさんが応え、浅野さんが応え、監督まで応えたりするのを見て、僕もそこに乗せてください、と。僕が今、アイディアをもって現場に行き、現場でも新しいことを考え、考えないほうがいい現場であれば頭をサッと空にするのは、恭兵さんから学んだこと。あの見事な柔軟性と臨機応変さを、許可なくいただいてしまいました(笑)。デビュー当時にあのおふたりを至近距離で見られたのは、本当に幸運だったと思います。

中身がない分、外側を埋めようともがいていました

―― 大先輩たちに囲まれ、仲村さん自身はどんな思いを抱えていたのでしょうか。

仲村トオル 20代はずっと自分にブレーキをかけていました。これがずっと続くと思うなよ、そんなに世の中甘くないぞ、と。その一方で、やがて俺はあのふたりを抜く。それは遠い未来の話ではない、とも思ってました(笑)。若気の至りで、過剰な自意識を抱えていました。

―― 『ビー・バップ・ハイスクール』の那須博之監督は、印象に残るおひとりとか。

仲村トオル あれほど「もう一回もう一回もう一回」と言い続けた監督は、後にも先にも那須監督だけです。しかもデビュー作だったので、それがスタンダードだと思えたのは幸運ですね。最近もナレーションの仕事で「この音が少し…もう一回お願いします!」「あ、そこ、もう一回お願いします!」と何度もリテイクしましたが、僕はやり直しにはまったく抵抗がなく、「もう一回チャンスをくれるんだ」と受け止められる。それは、那須監督のおかげですね。

―― その素直さが仲村さんを今に導いたのでしょうか。

仲村トオル いえいえ、仕事を始めた頃は中身がない分、外側を埋めようともがき苦しんでいました。他人を許せない時期も長く続いた。たとえば戦争映画の撮影現場では、エキストラさんが冗談を言い合っているのすら許せなかった。「ここは戦場なんだ、くだらないこと言ってる場合か」と、そんなことでイライラしてしまう。世の中にはいろんな人がいて、やり方も価値観もそれぞれ違うという事実を受け入れることができませんでした。自分が正しいと思うもの以外はシャットアウトしていたんです。

世界は、他人の力を借りることで広がっていく

―― そのもがきからは、どうやって脱していったのですか?

仲村トオル 20代後半に初めてアメリカ人の監督と仕事をしたとき、「役のイメージを聞かせてほしい」と言ったら、「君はどう思う?」と聞かれたんです。「自分の考えだけで作品をつくってしまうと自分のキャパシティを越えない。だから君から教えてほしいんだ」と。そこで僕は、何年に日本のどこで生まれて、こんな少年時代、青年時代を過ごし、こんなプロセスを経て今ロサンゼルスにいる、というそのキャラクターの背景を書いて渡しました。「うん、これでいこう」とGOをもらい、作品に挑み、完成したものを観たとき、その背景が、全部スクリーンからにじみ出ているように感じて、すごくうれしかったんです。

―― すごくやりがいのある作業ですよね。

仲村トオル “シーンゼロまでの彼”というタイトルをつけて、しばらくはその作業を続けていました。でも何年かのち、「自分だけの頭で考えていると、まさに自分自身を越えないのでは」と気がついたんです。だいたい日本で生まれているし、好きなスポーツは球技ばかりだし、好きな言葉は読んだことのある本からしか出てこないし。監督の考え方に賛同して始めたことなのに、それが自分を縛っている。やっぱり人からもらうほうが、見たことのない自分を引き出してもらえるかもしれない。そうやって少しずつ考え方が変わっていって、衣装ひとつ、セリフの言い回しひとつ、人からの提案を興味深く受け入れるようになっていったんです。

―― 価値観が変化したんですね。

仲村トオル ドラマ『29歳のクリスマス』も、転機となった作品のひとつです。それまでトレンディドラマと呼ばれるものを敵視するところがあったのですが、いざ仕事をしてみると、あたり前のように、いいものをつくるために懸命になる人たちの集まりだった。自分の視野の狭さを恥ずかしく思ったし、同時に世界がずいぶんと広がりました。

―― 30代はアジア映画にも活躍の場を広げました。

仲村トオル 韓国や香港の撮影現場となるともう、自分の常識は他人の非常識。「その演技では韓国のオーディエンスには伝わらない」などと言われることもあるわけで、「そんなことないだろう」と思いつつも、自分の思いと監督の指示の間で、柔軟に対応する術も身につけていったんだと思います。

人生の美学は、自分の経験からしか育たない

―― ドキュメンタリー番組でも世界を巡られました。印象に残っている国はありますか?

仲村トオル パキスタンとペルーですね。特にパキスタンは、俳優としての精神状態が最悪のときに出かけたこともあって、すごく印象に残っています。ほとんどを山の中で過ごしたのですが、山道をほんの50m進むのに、100m上がってさらに80m下がるんですよ。その間、結局20mしか上がってないんですよね、100m上がったのに!

―― 途方に暮れてしまいそうです。

仲村トオル ムダな努力の繰り返しだ、まるで人生みたいだ、と思いながら歩いていました。でも、ムダではないんですよね。なぜなら50m進んだし、20m上がったから。そして100m上がって80m下がった結果、脚力もついたから。それと、山中で暮らしていて情報の少ない人々は「パキスタンはいい国。最高に幸せだ」と言うのに対し、欧米のことを学び、英語も堪能な若者が「この国は今のままではだめだ。とても不幸だ」と悲しんでいて。知らない人が幸せと言い、知っている人が不幸と言う。どっちが幸福なんだ? と考えたりで、体も頭もヘトヘトになる旅でした。

―― お聞きしていると、いろんな経験が、頑なだった仲村さんの感性をどんどん柔らかくしていったんですね。

仲村トオル 先輩たちが醸し出すかっこよさは、その方自身が本気で生きて自分でつかんだ美学や哲学がその源なんだと、今となってはわかります。でも若いころの僕は軸やオリジナルの世界観がないことに劣等感をもっていた。だから付け焼刃で身につけたものを急に振りかざしたり、それ以外のものを排除したりして。今振り返るといろんな大人に見逃してもらい、許してもらっていたんだなと思います。

―― 年を重ねて経験を積んで、今はどうですか?

仲村トオル 今じゃ「俺、大丈夫?」と思うぐらい軸がない(笑)。「どっちがいいの? そっち? よし、それでいこ」って。もともとどこでも寝られるし、なんでも食べられるし、隣で女優さんがまずくてよけているらしいおかずを「うまいけどなぁ」と思いながらモグモグ食べるタイプ。僕の味覚のキャパはね、海より広いんですよ(笑)。

観客数、視聴率…その向こう側を知りたくて、舞台へ。

―― 2015年は、パリ公演も果たした野田英樹さんの『エッグ』、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの『グッドバイ』など、舞台でもご活躍でした。

仲村トオル 映画なら監督、ドラマならディレクター、舞台なら演出家に求められることに応える、という意味ではどれも一緒。でも「今回の映画は観客の動員数が悪かった」「今回のドラマは視聴率が低かった」などと聞くたび、でもその数%の人はどんな顔をして、どんな拍手をしてくれたんだろう、その顔が見てみたいと思うようになったんです。ちなみに、舞台の素晴らしさを教えてくれたのも恭兵さんです。「舞台はいいよ、お前もいつかやれよ」と。

―― 初舞台は『羅生門 女たちのまぼろし』。2004年なんですね。

仲村トオル ドラマ『29歳のクリスマス』のディレクターだった星田良子さんの舞台初演出作品で、僕に声をかけてくださったんです。ご縁だなと思いましたね。ちょうど40代に差しかかるときで、映像とは違う筋肉や神経を使うのがすごく楽しく、1年に1本はやろうと決めて、この11年で10数作品に出演しました。

―― 映像とはどんなところが違いますか?

仲村トオル タイムラグのない伝わった感とすべった感(笑)。そして達成感ですね。僕は“楽日”(演劇など興行の最終日)の語源は知らないのですが、“楽しい日”と書く。稽古場でジタバタしたり、煮詰まっていたりしたことが、だんだんと思うようにできるようになり、お客さんが拍手をしてくれるようになる。楽日に向けてどんどんラクに、どんどん楽しくなっていくわけです。稽古場での苦しみなど楽日にはすっかり忘れ、またやりたいなと思わされてしまう。それが舞台ですね。

―― 『グッドバイ』では座長という立場でしたが、仲村さん流のコミュニケーションの取り方はありますか?

仲村トオル 自分以外の人たちが熱く楽しくスムーズに進んでいるなら、特に何もしないのが最近のセオリー。『グッドバイ』の現場はまさにそうで、「座長っぽくなくてすいません」みたいな雰囲気を少し醸し出してたたずむだけ。恵まれた、幸せな現場でしたね。

計算や戦略という不純物で、未来を汚さないように

―― 少しお話を変えて…ファッションについて教えてください。お洋服はどんなものを選ぶのですか?

仲村トオル 自分の子供には「着たい服を着るのではなくて、似合うと思う服を着なさい」と言っています。今の僕の現場でのたたずまいと似ているかもしれません。若いころは印象に残る服を着ようとしていました。服というより、そんな服を選んだ自分の印象を残したいという願望があったんですね。でも今は、その場所に合っているとか、その日会う人が不快に思わないものとか、そういう要素で選んでます。あと、ラクすぎる服はNG。僕、ジャージは着ない主義なんです。稽古場でも着ない。リラックスしすぎるのは、自分にはよくない気がするんですよ。

―― 昨年、50歳を迎えました。これからの俳優人生はどう歩まれるのでしょう? 挑戦したいことはありますか?

仲村トオル 本気でやりたいものだけをやる。それに尽きますね。挑戦したいものというより、挑戦したい要素がないものはやりたくない。ある役を演じることに不安がないなんて、僕にとっては逆に不安。本気でないと気持ちがよくないし、結果としてうまくいかないと思う。そのためにも、自分の欲望に忠実でいようと思います。社会的なテーマのある重い役をやったあとは、中身のないセリフばかりを繰り返す軽い役がやりたくなるし、それは暑い日には冷えたビールが飲みたい、寒くなれば熱燗が飲みたくなるのと一緒。計算とか戦略とかの不純物で、純粋な欲望を汚したくないんですよね。

―― 柔軟な精神を手に入れたようでいて、そこは変わらない軸なんですね。

仲村トオル でも、いずれまた、どこかで何かが変わっていくんだろうと思っています。今もまだその道半ばにいて、このあといくつあるかもわからないマイルストーンを、まさに通過している真っ最中なんです。


Vol.39 仲村トオル

今月のトラディショナル スタイル
仲村トオル(なかむらとおる)さん
1965年生まれ。1985年、映画『ビー・バップ・ハイスクール』でデビュー。日本アカデミー賞をはじめとする数々の新人賞を受賞。以降、国内外を問わず、数多くの映画、テレビドラマ、また2004年からはコンスタントに舞台にも出演している。韓国映画『ロスト・メモリーズ』では、第39回大鐘賞映画祭最優秀男優助演賞を外国人として初めて受賞。近年の主な出演作として『偶然の音楽』『オセロ』『エッグ』といった演劇作品、『空飛ぶタイヤ』(WOWOW)『チーム・バチスタ』シリーズ(KTV/CX)などのテレビドラマ、映画に『接吻』(第23回 高崎映画祭主演男優賞)『北のカナリアたち』『中学生円山』『チーム・バチスタ FINAL ケルベロスの肖像』などがある。
映画『さらば あぶない刑事』
2016年1月30日(土)より公開

©2016「さらば あぶない刑事」製作委員会
【出演】舘ひろし、柴田恭兵、浅野温子、仲村トオル、吉川晃司、菜々緒、木の実ナナ、小林稔待、ベンガ ル、山西道広、伊藤洋三郎、長谷部香苗、夕輝壽太、吉沢亮、入江甚儀、片桐竜次
【監督】村川 透/【製作総指揮】黒澤 満/【脚本】柏原寛司/【撮影】仙元誠三/【音楽】安部 潤/【製作プロダクション】セントラル・アーツ/【配給】東映

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