ICON OF TRAD

Vol.51 トラッドな春夏スーツ服地の知識を蓄えれば仕事も快適にこなせる。


Mar 2nd, 2017

Text_Tohyama Shuhei
Illust_Yoshifumi Takeda

サマースーツの定番服地となるウールトロについて、ニューヨーカーのチーフデザイナーの声と共にその特徴を予習。今シーズンのスーツ選びの参考に。

欧米の夏服は日本の合い服である

夏のスーツ服地について具体的な説明を始める前に、ひとつ地理の勉強をしておこう。

机の上に地球儀があるとする。まず東京の位置を確かめ、そこから地球儀を廻して指を水平移動。すると、東京と並ぶお洒落な大都市として知られるパリ、ロンドン、ニューヨークなどは、東京よりもずっと北寄りにあることが判るはずだ。

欧米の3都市の緯度は、ニューヨークが札幌とほぼ同じ、パリやロンドンになるとさらに北側に位置している。つまり欧米主要都市のサマースーツは、日本では3シーズン着用できる合い物にあたるものと考えてよいだろう。

スーツという欧米の衣服が、現在のようにグローバルな制服として機能しているのは、産業革命によっていち早く覇権を握った西洋の近代文明のうねりが、未開発国の民族衣裳を飲み込んでいったということなのだろう。しかしそこに至るには、気候風土に適応するための大きな壁があった。

西欧人が亜熱帯地域に属するアジアや南米などへ進出するとき、服装面で問われたのは、ウール服地の軽量化と清涼化であった。そこで開発されたのが、通常の梳毛(表面が毛羽だっていない生地)よりも細い糸(約72番手)で織ったトロピカル・ウーステッド(通称:ウールトロ)と呼ばれる平織りの服地だ。

しかしスタンダードなウールトロは、生地が薄くスーツの見栄えが平坦になってしまう欠点があった。そこで改良を加えたのが、糸に強い撚りをかけ、粗く織りあげても張り感を失わない、強撚糸のウールトロなのである。さらにその生地の横糸にモヘアを使用した服地は、シャリ感を増し、見た目も涼しげになったのである。

こうした服地は親指と人差し指で生地をつまみ、指を離したときの生地の復原性によって、張りの強さなどを確認できるはずだ。

新登場したヘリテージクロスに注目

しかし、張り、シャリ、軽さを追求した強撚糸&モヘア混紡のサマーウーステッドは、ウール服地が本来もつノーブルな風合いに今ひとつ欠けるものがある。そうした細かい点に気づくのは、いわゆる伝統的な英国の春夏服地を着慣れた方に多いはずだ。

ニューヨーカーで今季から新登場したヘリテージクロスは、まさにそんなトラッド派にふさわしい春夏服地なのである。その特長を、以前(Vol.45)と同様にチーフデザイナーで生地の開発にも造詣が深い中島陽一郎さんにお聞きした。

「英国の夏服がもつ上品な風合いと強撚糸ウーステッドの清涼感、そのいいとこ取りをしたのがヘリテージクロスなのです」と、中島さん。その開発過程を聞くと、おいしいお酒を作る名バーテンダーのように、ウール糸のもつさまざまな特徴を足したり引いたりしながら理想の服地にカクテルしていることが解った。

まずは服地に英国っぽい上質な雰囲気を出すために、従来のオーストラリア・メリノの羊毛に加えて、ブルーフェイス種のしっかりした英国羊毛をブレンドする。しかしこのブレンドによって生地の腰が強くなりすぎるため、糸を甘く撚る方法を思いついたのだそうだ。通常、強撚糸には800から1000回ほどのスピンをかけるのだが、甘撚りはそれを約600回に抑えている。その工夫により、ふっくらとして上品な光沢をもつ英国調の風合いを残しながらも、服地はしなやかさを保ち、しかも予想外の副産物としてナチュラルなストレッチ性まで加味されたのだという。

従来の強撚糸モヘア混ウーステッドは、タイトなスーツに仕立てると肩や袖まわりなどの可動部分が窮屈に感じられたものだが、伸縮性のあるヘリテージクロスならこの心配がなく快適に春夏のビジネスシーンを乗り切れるということだ。

今季はコットンスーツがリバイバル。その最新版とは

夏のマンハッタン島のマディソン街などをファッションウォッチングすると、カーキのコットンスーツを着て大股で闊歩するビジネスマンを見かけることがたまにある。どうやら今季は久しぶりにトラッドなコットンスーツがリバイバルする気配が濃厚らしい。

中島さんにお聞きすると、昔ながらの太番手の平織りコットンで仕立てられたコットンスーツは野暮で粋な味があってよいものだが、涼しさという点ではそれほど効果はないらしい。

そこで推してくれたのは、上質な超長綿として知られるギザコットンを、ドレスシャツの生地に使うほどの細番手(約80番手)に紡績し、その表面をガス焼きしてコットン独特の毛羽だちを抑えて作ったスーツ地である。

見せてもらったのはデニムライクに織った細かいヘリンボーン風の生地で、触ってみると、まるでシャツ地のように薄くしなやかで、清涼性もある。

しかもこれをスーツに仕立てると、薄いしなやかな生地のせいか、着初めから身体になじんだような細かな凹凸が生地表面に出て、かつての無骨なコットンスーツの味とは少し異なる、リッチでリラックスした雰囲気を醸し出してくれるのである。

こうした生地を使用したスーツは、ニューヨーカーのパターンオーダーなどでも入手できるという。

バンブー繊維を使った新しく懐かしいサマーブレザーも見逃せない

ファッション界の重鎮であるデザイナーの菊池武夫さんは、竹を原料にしたバンブー繊維を夏の服地として高く評価していたことを思い出した。中島さんに話をふってみると、「じつは」と、スペシャルなブレザーを見せてくれた。

このブレザーは、数シーズン前から新宿の伊勢丹メンズ館の限定ブランド『ニューヨーカー クラシック』として特別に販売しているもの。生産量は少ないが、毎シーズン完売する人気商品だという。

素材は、竹をレーヨン状に繊維化して、表面に含浸加工という特殊な加工を施したもの。一見すると、着物の絽のように透けて、すごく通気性が高そうだ。中島さんによると、ざっくりと織ったサマーツイードの線を狙ったもの、ということである。

しかし絽のように透けるために、内蔵している芯地を目立たないようにダークカラーに染めたり、ポケットをパッチポケットにするなど、仕立てには手間と工夫がいる。

デザインは、シングルブレスト3個ボタン、スリーパッチポケットの典型的な1型のトラッドモデル。

サマージャケットというと、映画『卒業』のダスティン・ホフマンが着たシアサッカーのトラッドジャケットが有名だけれど、バンブー・ブレザーや高番手のコットンスーツといった新しいトラッドアイテムを着た、アイコン映画が登場することを、筆者は願って止まないのである。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

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