ICON OF TRAD

Vol.39 女性がほんらい男物だったトレンチコートを着るとき


Mar 2nd, 2016

text_shuhei tohyama
illust_yoshifumi takeda
edit_rhino inc.

トレンチコートを着こなす女性が巷に増えている。そもそも男性服であったトレンチコートは、どのようにして女性たちの間に浸透していったのだろうか? その経緯を遡っていくと、往年の銀幕女優たちのスタイルにたどり着いた。

ディートリッヒは男装の麗人と呼ばれた

スーツ、ジーンズ、ポロシャツ、ブレザーなど、ほんらい男性が着ていた服を女性が借用して新たな魅力を発揮する。こうした流行を最初に生み出したのは、筆者が生まれる以前に活躍していた、女優のマレーネ・ディートリッヒであったという。

1930年に日本で公開された映画『モロッコ』でディートリッヒは、シルクハットに燕尾服という出で立ちでスクリーンに登場。このとき観客は、そこに不思議な魅力が溢れ出ていることを発見したのである。ディートリッヒといえば、ブロンドヘアと脚線美で知られる元祖クールビューティと呼ばれる大女優。その女性らしい華奢な身体を、男仕立ての堅いフォーマルウエアで包み隠した途端に、いったいどんな効果が生まれたのだろう。

日本を代表するダンディ&グルメであり、大手新聞社の論説委員をつとめた故・古波蔵保好氏は「つまりかっちりとつくられた男服の中身に、その堅さとは正反対のスレンダーでセクシーなボディがあることを、観客の男たちは想像してしまったのですね。女性のエロチックな身体を直接には見せないで、あえて堅い衣装で隠し中身を想像させる。これは、露出度の高い服でセクシーさをアピールするよりも、おしゃれ的には高度なテクニック。しかも都会的なセンスが感じられる着こなしといえるのです」と説き明かしてくれた。

マニッシュとボーイッシュの相違点

女性が男服を身につけて性的な魅力を隠してしまうと、男性は女性に対して、肉体的な関心を抱く前に、むしろ知性や自立性を感じ、そこにマニッシュな魅力を抱いてしまうことがあるようだ。

1958年に日本で公開された映画『鍵』で、ソフィア・ローレンは戦乱に翻弄されながらも真実の愛を求める意志の強い女性像を、アクアスキュータムの重厚なトレンチコートという衣装で見事に演じきり、多くの女性にマニッシュな着こなしへの共感を生んだ。

ただしこれは、ソフィア・ローレンが成熟した女性であったことも大きい。たとえばトレンチコートを、まだ女性になりきっていない、つまり性的な魅力の意味さえわかっていないような女学生が身につけても、単に男の子のような女の子に見えてしまうだけだからである。

マニッシュはボーイッシュとは異なる。男服を女性が着てディートリッヒやソフィア・ローレンのような魅力を醸し出すには、ある程度の年齢を重ねさまざまな経験を積んだ、大人の女性だからこそ可能なのではないだろうか。

軍服が生んだ優れたディテール

ところで最近再び、トレンチコートを着て街をさっそうと歩く女性が目立つようになってきた。女性でトレンチコートのルーツに興味をもつ人は少ないだろうが、このコートは男性服、それも軍服だったのである。

その証拠に、肩についたベルト(エポーレット)は、軍服の上にコートを着ても階級がわかるようにここに肩章をつけた名残。肩のベルトは双眼鏡のストラップを通したり、グローブやベレー帽を挟みこむのにも適していた。

また右胸の上部の布が2重になっているのは、ここにライフルの銃床を当て、発砲したときにその衝撃をやわらげるためと言われている。この布の正式名称はガンパッチ。右胸だけにあるのは、右利きの兵隊が多かったからだ。

さらに女性用のトレンチコートで本格的なディテールを備えたものには、腰ベルトに金属製のリングが付けられている。これはDリングと呼ばれ、水筒、ナイフ、手榴弾を吊り下げるためのものなのである。

トレンチコートは第一次大戦中(1914~1918年)に誕生した。この戦争では機関銃が登場。そのため兵士は敵の猛射から身をまもるために、長期間塹壕の中で待機を強いられる戦術がとられるようになった。しかし塹壕の中は地下水、湿気、寒さという劣悪な環境だったため多くの兵士は塹壕病(血行不良により手足を失う)にかかってしまった。その事態を重くみた英国政府は、撥水防寒性にすぐれた頑強なコットンの綾織りでつくられたコートを軍に供給。これがトレンチコートの始まりだ。ちなみにトレンチとは塹壕の意味である。

戦後、機能的に優れたトレンチコートは、特徴的なディテールを残したまま街着に転用された。ほぼ100年もの間、形を変えずに多くの人に愛されたトレンチコートは、永遠の定番コートなのである。

トレンチコートの女性アイコンは1960年代に集中

ほんらい軍服だったトレンチコートが女性モードとして注目を浴びたのは、ミリタリールックが流行した1960年代である。

まず1961年に映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンがエポーレットを省略し、素材も軽いジバンシィのトレンチコートで流行の先鞭をつけた。そして1966年の映画『メイド・イン・USA』では、アンナ・カリーナがオイスターホワイトのトレンチコートを着て、知的で小生意気でキュートな女性像で登場。トレンチコートをパリジェンヌらしいシックなセンスで着こなすコツを披露してくれた。

さらに1970年代に入ると、ジェーン・バーキンが、ベレー帽と袖をまくりあげたトレンチコート姿で、ぬけ感を出している。重厚で本格的なつくりのトレンチコートは、ソフィア・ローレンやカトリーヴ・ドヌーヴ(映画『昼顔』で着用)といった、堂々とした存在感をもつ美人の大女優が似合うと思う。

いっぽう欧米人に比べて、小柄で華奢な体型の日本人女性は、ヘプバーン、アンナ・カリーナ、ジェーン・バーキンを手本にすると良いかもしれない。とはいっても、街をトレンチコートで闊歩する女性たちは、筆者の忠告など「余計なお世話よ!」というかのように颯爽としていて素敵に見える。

黒いブラウスに黒いタイトスカート、そこにカーキ色のトレンチコートをさらっと羽織って、ボタンをとめず無造作にベルトを結び、オフィス街を進軍する女性。オイスターホワイトのトレンチコートに上質な白シャツとジーンズだけで、休日の午後を楽しむ御婦人。彼女たちは、袖をまくりあげたり、大きめの衿をストールで隠したり、ぬけ感を進化させたテクニックで着こなしを楽しんでいるのだ。

それに引きかえ、正統な着丈をもつトレンチコートをハンフリー・ボガードやスティーブ・マックィーンのように、大人の味で着こなす男性を見かけないのは、ちょっと寂しい気がする。

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遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

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