ICON OF TRAD

Vol.14 アイビーとプレッピー、ほんとうはどこが違うのだろう?


Dec 25th, 2013

Text_Shuhei Tohyama
Illustration_Yoshihumi Takeda

ファッション誌等で広く使われるアイビーとプレッピーという言葉。そのほんとうの違いとは一体何なのでしょうか。今回は81年に発刊された『オフィシャル プレッピー ハンドブック』翻訳版について、遠山さんが当時のブームや言葉のルーツを含め、分析します。

オフィシャル プレッピー ハンドブックの悲劇?

 若くお洒落な女性から『アイビーとプレッピーの違いって何ですか?』と、質問されて答えに窮してしまった。そこで改めてこの質問について考えることにした。ただし答えることのできるのはアイビーとプレッピーの出自の相違であって、その女性がもっとも知りたかったであろう、ファッションについての明確な違いはないことをあらかじめお断りしておきたい。

 1981年に日本で『オフィシャル プレッピー ハンドブック』という本が翻訳された。当時筆者は、その単行本の版権を獲得した日本の出版社で、若者向け総合情報誌の編集ライターをしていた。若者雑誌は月刊であったが、創刊後1年9カ月を要してライバル雑誌と同様に月2回発行の雑誌に生まれ変わることになったのである。その記念企画として単行本発売と同時に雑誌のほうでもこれを取り上げよう、ということになった。

 しかしながら参考文献は単行本1冊しかない。しかもその本はご存じのようにプレッピーの生態についていささか皮肉をこめて著されたもの。それをファッションに狙いを絞って編集するのだから大変である。アメリカのファッションに詳しいアパレル業界の関係者に協力してもらい、後は徹夜作業の妄想力を駆使して何とか雑誌は完成した。

 雑誌の発売日に、筆者は刷り上がったばかりの雑誌をパラパラとめくりながら、通勤電車の座席でひとり反省会をしていた。すると何やら鋭い視線を上から感じた。顔をあげると、吊り革にぶら下がった20代後半のビジネスマンが何やらブツブツ言いながら雑誌をのぞき見しているではないか。しかも降り際にその男は『けっ、プレッピーかっ、ダセェな』と捨てセリフを残して去ったのであった。

日本式アイビーの功罪

 おそらくその男は日本式アイビーの信奉者だったのだと思う。日本のアイビールックは大阪の某アパレルメーカーとファッション雑誌の草分け的存在の月刊誌によって普及した。両者は、『アイビーは米国のエリート学生の生活着である。そのワードローブは不変だ』という主張を続けていた。しかしアメリカでは1967年以降にカウンターカルチャーが台頭し、学生達の着こなしは大幅に変化していた。アイビー校のキャンパスには、ブルージーンズとメッセージTシャツが溢れたのである。しかし日本のアイビーはこの傾向を無視し、ガラパゴス島のイグアナのように進化を拒否したのである。

 だが今考えるとこれが良かった。日本のガラパゴスアイビーは、それがもっとも輝いた時代(1950年代中盤から66年)のまま保存されたからである。しかしプレッピーハンドブックには逆にこのことが災いした。筋金入りの日本のアイビー信奉者にとっては、プレッピーはアイビーをカラフルに着崩しただけの流行ルックと誤解されてしまったからである。結局日本のプレッピールックも単行本も、業界が期待するほどのブームにはならなかったのである。


真実のプレッピー

 プレッピーはアイビーリーグ8校などの著名大学に入るための予備校のこと。だからアイビーの弟分的なファッションである、という紹介を日本ではされていたが、これもちょっと違う。プレッピーと呼ばれる人は大学に入ってからも、社会へ出てからもプレッピーであり続ける人種のことを指すからだ。プレッピーの通う予備校は全寮制が多く、必然的に裕福な家庭の子弟でなくては入学ができない。また寮では、英国の全寮制学校を手本にしているために厳格な躾けがされる。

 プレッピーがしばしば、衿や袖が擦り切れたオックスフォードシャツやガムテープで靴底を補修したローファーなどを、むしろ誇らしげに着ているのは、こうした躾けや祖先が厳格なピューリタンが多かったことと無関係ではないのだと思う。日本でも有名私立大学に、他の高校から入学した人と、大学付属の幼稚園や小学校から上がってきた人とは、何というかオボッチャマ度のレベルが異なる。

 プレッピーというのはこのピュアなオボッチャマ性が照れ臭いのか、酒に溺れてみたり、わざと流行には無頓着な服(今どきのプレッピースタイルからすると大きめのブレザーやポロシャツを選ぶ傾向がある)を着てみたり、ちょっとツイストした精神の持ち主が多い。またそのお金持ち特有の妙なスノッブさが、プレッピーハンドブックなどの突っ込み本を生む要因になっているわけである。

プレッピーこそ純アイビー

 日本式アイビーに純愛する人々の教科書に『TAKE IVY』という、婦人画報社が1965年に発行した一冊がある。米国のアイビールックのまさに一番輝いていた時代に本場のキャパスで撮影されたこの写真集は、今見直すと、アイビーリーグ校のなかにほんの数パーセントしか存在していないプレッピーたちにフォーカスしたルックブックだったといえよう。着古したコットンマドラス、素足ではくローファー、丈の短いポプリンパンツ。これらはプレッピーが予備校時代から愛用し、大学へ持ち込んだものだ。言い換えるならアイビーの本流を作った者こそ、ほかならぬプレッピーなのである。

 しかしファッションは新陳代謝を繰り返すもの。その幹となるスタイルは変わることがなくても、時代によって新鮮な枝葉となるアイテムは異なってくるものなのだ。 たとえば1960年代にあれほど注目されたスタジャンやコーチジャケットは、アイビーリーグ校のフットボール部などが弱体化した80年代には人気を失った。

 『オフィシャル プレッピー ハンドブック』が発行された80年代でもっとも重要なアイテムとして珍重されたピンクのオックスフォードB.D.シャツや、B.D.シャツ&ポロシャツの重ね着なども、最近発行されたアップデート版では見向きもされない。逆に昔も今も人気があるのはシャギードッグと呼ばれるシェットランドセーターやビーンブーツなど。

 ほんとうはお金持ちなのに、そうではないように見せるルックスが、結果、流行を追う一般ピープルとは異なる崇高さに見えて注目されたプレッピー。いっぽう島国であるがゆえにガラパゴス化した日本のアイビー。結果両者は、今もっともスノッブでクールな地点(60年代アイビーリーグルック)にランディングした。

 ファッションとはじつに面白く、複雑なものなのである。


Navigator
遠山 周平

服飾評論家。1951年東京生まれ。日本大学理工学部建築学科出身。取材を第一に、自らの体感を優先した『買って、試して、書く』を信条にする。豊富な知識と経験をもとにした、流行に迎合しないタイムレスなスタイル提案は多くの支持を獲得している。天皇陛下のテーラー、服部晋が主催する私塾キンテーラーリングアカデミーで4年間服づくりの修行を積んだ。著書に『背広のプライド』(亀鑑書房)『洒脱自在』(中央公論新社)などがある。

6年後の東京オリンピックを控えて1964年の東京ブレザーをおさらいする

名著『男の着こなし』は、伝統と革新が共存するN.Y.にデザイナーズトラッドという新分野を確立させた。


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